【小説感想】『春琴抄』谷崎潤一郎
谷崎潤一郎の傑作の1つ、春琴抄。
盲目の師と、弟子の禁断の恋愛を描いた傑作。
『細雪』では人物の気持ちを文中にこれでもかと詰め込んだ谷崎だった本作ではーーーと思ったなどの表現はなく、第三者しかもその後世の人間が思いめぐらせる形でしか書かれないそれは何重ものヴェールを重ねるように師弟の気持ちを奥に秘してしまう構造的機能を果たしている。
谷崎文学に見られるタブーな恋、ここで言わば奉公人とその主人の娘、は在り来たりなものだが、彼が筆先から垂らした毒が言いようも無く心を痺れさせる。タブーとは安易に破られないことがその美しさを保つ秘訣であるゆえに春琴と佐助は決して結ばれることは無い。大いなる隔たりのあるふたりが生涯で唯一心を寄せあう瞬間は、深い闇の中でぬめる金箔のような重苦しい幸福を読者に抱かせる。