daibook’s blog

読んだ本の感想を書きます。Amazon Kindle Unlimitedを中心に利用していますが、その他の本についても書いていきたいです。

【小説感想】『坂の上の雲(5)』司馬遼太郎

203高地の攻防戦、バルチック艦隊の多難な航海を経て、日露戦争最大の会戦である奉天会戦へと物語は進む。

203高地の幕引きは、戦争が、その勝敗に関わらず、終わってみれば如何に無益な所業であるかを感じさせる。休戦を迎えた人々に、民族同士のわだかまりは見られない。双方の甚大な流血は、あくまで露帝が捻った蛇口の先から出たもので、互いの憎さが招いたものではなかったからだ。
凄惨な戦いに早期決着を付けた児玉は、日露両方にとっての英雄と言えるだろう。
作中の児玉はまるで我々読者を代弁するかのように、無能な指揮官に喝を入れ、無益に死にゆく兵士たちに涙を流す。
旅順港は見えるか」のシーンは5巻のみならず、本作全体のハイライトであることに違いない。

一方で、バルチック艦隊の航海も5巻の重要な部分だ。多くの困難を伴う航海は、この艦隊、さらには日露戦争自体が露帝によって引きずられていることを印象づける。203高地を児玉の英雄譚とするなら、ロジェストヴェンスキーの航海は、運命に抗えぬ哀れな悲劇だ。

いずれにせよ、ただ一人の安直な南下願望が、機関銃を撃たしめ、艦隊を戦地へと向かわせたのだと思うと、大変やるせない。司馬は5巻を通じて、帝国主義の恐ろしさ、馬鹿馬鹿しさを伝えようとしていたのではないか。

 

新装版 坂の上の雲 (5) (文春文庫)

新装版 坂の上の雲 (5) (文春文庫)